焼け野原となった若桜街道筋
戎町の富士銀行鳥取支店(当時)の建物から撮影した若桜街道筋の風景。一帯は焼け野原となり、住人が片付けをしている。奥に見える建物は、全焼した国家地方警察の建物(通称・国警ビル)である。
「川端銀座」の焼け跡
賑わいを見せていた「川端銀座」も焼け野原となった。人々は焼け跡の片付けに追われ、トラックも止まっている。写真右端には、積み重ねられた屋根瓦が写っているが、再利用に備えたものだろうか。
被災した陶磁器店
川端一丁目にあった陶磁器を販売する大澤商会付近の様子である。割れた瀬戸物の商品がうず高く積まれており、悲しみを誘う。後方の建物は五臓圓薬局で、一部は焼失したものの、大部分は被害を免れた。
若桜街道筋の防火建築帯
復興が進む若桜街道筋の様子である。耐火建築促進法に基づく全国初の防火建築帯指定を受け、昭和30(1955)年までに地上2階建て以上のコンクリートまたはブロック造りによる94棟の建造物が完成した。
復興が進む智頭街道
県立鳥取図書館から撮影された智頭街道筋。トラックが行き交い、再建が進んでいる。鉄筋コンクリート造の同館は木造部分が消失したものの、猛火に耐え、大火直後には講堂が避難所として開放された。