鳥取県教育の父「遠藤董」鳥取城を描く
遠藤董(えんどう・ただし。1853~1945)は鳥取市に生まれ、図書館の創設や普及に大きく関わったほか、明治43(1910)年には私立鳥取盲啞学校を設立して校長となり、約30年間県内の特別支援教育に携わるなど鳥取県の教育に大きな功績を残しました。 教育者として活躍する一方で、遠藤董は絵画でも才能を発揮しました。鳥取藩の絵師・根本雪峨に日本画を学んでいましたが、明治10(1877)年24歳の時には、高橋由一の「天絵社」で油絵を学び、鳥取で初めて油絵を描いたとされています。ここで紹介する作品は、遠藤董が油彩で描いた明治12年ごろの「鳥取城」です。現在、鳥取城址には石垣しか残されていませんが、この作品では二の丸の三階櫓を見ることができます。 鳥取県立図書館入口には遠藤董の胸像が設置されています。当館に関わりの深い遠藤董の作品やゆかりの資料をご覧ください。
鳥取城
遠藤董(えんどう・ただし。1853~1945)は鳥取市に生まれ、図書館の創設や普及に大きく関わったほか、明治43(1910)年には私立鳥取盲啞学校を設立して校長となり、約30年間県内の特別支援教育に携わるなど鳥取県の教育に大きな功績を残しました。 教育者として活躍する一方で、遠藤董は絵画でも才能を発揮しました。鳥取藩の絵師・根本雪峨に日本画を学んでいましたが、明治10(1877)年24歳の時には、高橋由一の「天絵社」で油絵を学び、鳥取で初めて油絵を描いたとされています。ここで紹介する作品は、遠藤董が油彩で描いた明治12年ごろの「鳥取城」です。現在、鳥取城址には石垣しか残されていませんが、この作品では二の丸の三階櫓を見ることができます。 鳥取県立図書館入口には遠藤董の胸像が設置されています。当館に関わりの深い遠藤董の作品やゆかりの資料をご覧ください。