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狐狩り(きつねギャアール)

基本情報

項目 内容
所蔵館 鳥取県立博物館
管理ID 16502
行事名 狐狩り(きつねギャアール)
行事名カナ キツネガリ(キツネギャアール)
行事日 1月14日~15日朝
所在地 西伯郡伯耆町大坂
行事概要 昔、大坂では正月15日のとんどさんの火がもとで火事になったと言うので、それ以降とんどさんをしなくなっていたが、現在小規模ながら復帰させている。14日から15日の朝まで、きつねギャアールといって悪魔祓いと神送りの行事が行われていた。1月14日小学校の男の子は米3合と野菜や薪などを持って頭子供(最年長の当番家に集った。大鼓や鉦をたたき『デンデコデンデンのデンデンデン』と言う調子で鳴らし『そーれっ』と皆で大きな掛け声をしながら村の上から下まで、そして神社へと積雪をものともせず、二時間おきくらいに練り歩いた。その年入学する男の子は、この行事に参加することで、子供連中の仲間入りをした。炊事は当家の主婦にしてもらい、昼食と夕食を共にした。夜も回ったが、その中の一回は若衆(15才以上)と半ごて(半ご亭主)が太鼓や鉦をたたいた。15日の朝若衆が大鼓を担ってたたき葉のついた青竹2本を押したて、白雪を踏み水田畦に立っている五輪さんの頭を足でけり落し、村から3升の御神酒にますます気勢をあげ鉦や太鼓の音、掛け声益々激しく耳をつんざくばかり高台にある神社に上がると「いい嫁さん、とってごっさいよう」と一斉に叫んだ。こうして村下で神送りを終えると、2本の青竹を短く切って持ち帰り、やいとばし(灸箸)として年寄りに喜ばれた。大正期に入ると、若衆も青竹も半ごての姿もなくなり「いい嫁さん…」の叫び声だけは子供連中に伝え続けられていた。戦後世の中も急変し、男の子も少なくなり昭和40年頃からこの行事も姿を消した。栃原(大坂の隣の集落)では、鉦たたき、大太鼓打ち、小太鼓打ちが続き、枝を3~4段つけた竹槍を持って楽隊に合せ「何の狩をするかいな、狐がりをするわいな」と先頭が橋の下を突き刺して三回村を廻りその年の恵方に当る田の中に竹やりを立てて、とんどさんの場所を決め「とんどさん飾りに出てごっさいよう」と村中呼んで廻った。こうしてとんど飾りがされるのである。大坂ではこの行事が終らないと葬儀に鉦・大鼓は使用しない習しになっている。