資料詳細

亥の子さん

基本情報

項目 内容
所蔵館 鳥取県立博物館
管理ID 04807
行事名 亥の子さん
行事名カナ イノコサン
行事日 隔年の11月中,下旬の日曜日
所在地 鳥取市気高町大字八束水 小字姫路
行事概要 昔は旧暦10月の最初の亥の日(一番亥の子)の晩、新米で餅をつき海・山・畑のものを煮炊きしたものと一緒に神棚に供えた。そして8~13歳までの男の子達が「石づき行事」を行なった。直径30㌢・重さ170㎏の丸い石に山からとってきた藤カズラを巻きつけ、しっかりくくる。それに長さ約3㍍のカズラを8本縛りつけ、各自がその端の1本ずつを持ち、唄い手の「地づき唄」に合わせて「エイトーエイト」の掛け声と共に引いたり緩めたりして、地面に威勢よく打ち落とす。それにより土中の害獣や害虫を追い払い、悪霊を鎮めることが出来ると信じられた。毎年村中の4ヶ所の四つ辻で行われてきたが、昭和の初期には中断された。次に二番亥の子でも餅を搗いて神棚に供え、今度は男の子たちによる「ボテボテ行事」がなされた。各家では、その年に穫れた新しい稲藁をきれいにそぐり60㎝ほどの長さの藁束にし、8~10ヶ所を小縄で固くしばり、持ち手をつけてボテボテを作った。良い音を出すためにミョウガやズイキの茎を芯として入れることもあった。それを持って若嫁のいる家を訪ね、門先で大きな半円を描き、元気よく地面に叩きつけた。その時、「こんねの嫁さんに、卵に目鼻をつけたような男の子ができるようによう」と大声で囃したてた。ボテボテには生産力があるとされ、叩きつけることにより豊作や多産を祈った。しかしこれも毎年続けていたが、昭和30年代には廃れた。
この二つの行事を復活させたのが地区の故福田丈一氏ら関係者で、昭和46年のこと。この年の男の子は6人だったので、年齢を16歳まで引き上げ、14人で10月24日の日曜日、石突きの後、ボテボテ行事も行われた。服装は昔、普段着だったのを絣の着物に鉢巻き姿にし、石突き場所は四つ辻を止めて、神社の境内と近くの田んぼの2ヶ所。ボテボテ行事も民家に見立てて神社そばの選果場(現姫路公民館)前に変えた。昭和55年3月27日、「亥の子行事」として気高町無形民俗文化財(現在は鳥取市指定無形民俗文化財)の指定を受け、翌56年以降、姫路地区文化財保存会に移管され、隔年の11月の中下旬の日曜日開催となる。そして同年より女の子も加え、小学生全員の行事として継承され、今日に及ぶ。
動画URL https://aa-tottori-pref.stream.jfit.co.jp/?tpl=play_vod&contents_title=museum_aki01_b