資料詳細
基本情報
項目 | 内容 |
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所蔵館 | 鳥取県立博物館 |
管理ID | 0000055858 |
日記分類 | 家老日記 |
年 | 嘉永4年 |
月日 | 6月27日 |
廿七日 一御用日ニ付、兵庫介・式部登城、其外御用人始例之御役人罷 出、御用相勤之。 一栄岳院様御施餓鬼、当年より七月六日早朝、於興禅寺被成御 執行候間、毎年致参候候様、并左之通御割替ニ相成候間、左 様相心得候様、御使番以上之面々江、筆頭申通しニ申渡之、 委細御右筆手前ニ記之。 七月二日 同六日 天祥院様 栄岳院様 大広院様 同七日 同八日 瑞徳院様 岱嶽院様 一右之通、御割替等相成、右六日夕栄岳院様焔口当年より被成 御執行候間、左様相心得候様、左之面々江申渡之。 御用人 御勤役 御目附 裏判御吟味役 一左之両人儀、左之通被仰付、其段呼出し、於御櫓、御目附出 座ニ而申渡之、尤、為之進江は出座無之事。 但し、儀右衛門儀、相伺候上可申渡之処、元〆より申聞候 趣も有之ニ付、無其儀申渡、重而御飛脚之節、申上候筈。 井関儀右衛門 其方儀、此度中ノ間御仲小姓被成御免、御蔵奉行被仰付、 依之御役料並之通被遣、尤勤向之儀は、元〆承合可相勤 旨、被仰出候。 伊良子為之進 其方儀、当秋詰江戸被仰付旨、被仰出候。 一左之面々儀、拝領屋敷、此度左之通屋敷替致し度旨、夫々奉 願候付、双方願之通承届候旨、御用人并組頭江、以切紙申渡 之、右ニ付、左様相心得候様、屋敷奉行江以切紙申渡之。 山口幼仙 広瀬台輔 奥田助次郎拝領屋敷と。 戸田左馬次郎拝領屋敷と。 一表側拾弐間 山口幼仙 裏行拾五間 屋敷 一表側五間 奥田助次郎 裏行弐拾間 屋敷 一表側弐拾間 広瀬台輔 裏行拾壱間 屋敷 一表側拾壱間半 戸田左馬次郎 裏行拾六間半 屋敷 一米村物集馬儀、武蔵円明流釼術師範致候処、稽古場無之ニ付、 建申度処、兼而勝手向致難渋候ニ付、相応拝借被仰付被為下 候様奉願候付、勘定所取調之上、類例も有之ニ付、建料銀札 三百目拝借被仰付候間、当亥暮より拾年賦ニして物成米を以、 上納致し候様、使江以切紙申渡之。 一宮脇軍兵衛儀、被盗取もの之儀申達、承置、其段御目附江申 聞置之。 一村上長六儀、昨日死去之段、実子勘七郎より使を以申達、并 勘七郎年齢十六才相成候段も申達之。 一瀬原玄寿儀、昨日死去之段、実子倫亭より申達候旨、御用人 申達之。 一左之面々并左之者共儀、左之通被仰付旨、御用人を以申渡之、 尤甚助以下江は、右同人を以御徒頭江申渡之。 伊丹甚太夫 佐治静馬 御留守中、御近習目附 上同断、加役請持御免。 加役被仰付。 御徒 山住清之丞 岡村甚助 明日より御番入被仰付。 御蔵目附被仰付。 御徒 羽山範左衛門 麻田八十八 御櫓日記清帳役御免、御 三ノ御丸御座敷不寝御番。 用部屋、当分清帳懸り被 田中久之進 仰付。 御式台通し加役御免、御 櫓日記清帳役被仰付。 一小林数右衛門儀、御扶持方蔵勤番中之負物井関儀右衛門江引 渡候様、以切紙申渡之、儀右衛門江は請取致勤番候様、元〆 申通しニ申渡之。 一左之両人并左之者共儀、前記有之通り差控申上罷在候処、被 成御免旨、使江以切紙申渡之、六兵衛江は、宜取斗候様、御 附人江以切紙申渡、与一郎・利藤次江は、御用人を以御徒頭 江申渡之、其段夫々御目附江申聞置之。 淡路守様御家来 伊藤範三郎 石脇六兵衛 御徒 上同 吉田与一郎 安田利藤次 御人少ニ付。 一御来屋御蔵奉行山本伝兵衛儀、先達而差控被仰付置候処、此 度は被成御免候間、以来相心得候様被仰付旨、勘定頭江申渡 之。其段御目附江申聞置之。 一左之者共儀、左之通被仰付旨、頭々江申渡之。 但し、相伺候上可申渡候処、御目附より申聞候趣も有之ニ 付、無其儀申渡、重而、御飛脚之節申上候筈。 一在山奉行小橋准蔵儀、苗字付被召出以来拾九年、内当役 前後拾六年出精相勤候付、先輩並を以、長役無余儀申立 有之処、未年限少之者ニ候得共、御人御入用之訳も有之 ニ付、格別ニ此度御弓徒ニ御操上ケ被仰付、御扶持御支 配並之通被遣、御門上番被仰付旨、被仰出候。 一押部屋頭藤左衛門と申者、被召出以来十八年精出し相勤 候処、無余儀申立之訳も有之処、未至而年限少之者ニ候 得共、御人御入用も有之ニ付、格別ニ此度苗字付御取立 被仰付、御扶持御支配並之通被遣、御留場見廻り役定加 役被仰付候事。 一裏判下吟味役宮本源之進儀、御作事鉄数類奉行勤中之勘定跡 役横田鵜兵衛壱人ニ而引請勘定致サセ度旨、御普請奉行申達 候付、其通承届、右ニ付、左様相心得候様、御算用聞江以切 紙申渡之。 一智妙院墓所菅能寺ニ有之処、玉垣去秋洪水之節、及破損、迚 も繕ニ相成不申ニ付、此度新規出来之儀、老女より申立候趣、 御用人申達候処、其通難承届、尤、先例も有之ニ付、為修覆 料、銀弐枚被遣旨承届、其段御用人を以、女中奉行江申渡之。 但し、右修覆之儀、御作事取調サセ候処、同所手放ニ相成 候段申聞候付、本文之通被遣候事。 一興禅寺儀、左之通通イ子御渡之儀申達候付、町奉行取調之上、 先例無之ニ付、難承届旨、寺社奉行江申達之。 七月六日夕 同七日夕 同八日夕 一賀露浦船大工共、下地貧窮者之処、去年柄引続米高直ニ付而 は、此節ニ至り飯米ニ致難渋候段願出候ニ付、格別拾五石御 払米被遣、代銀当十一月限上納之儀、御船手申立候付、勘定 所取調之上、無余儀次第ニ付、左之石高御払被遣、代銀左之 通上納之儀承届候旨、御船手江申渡之。 一米足拾五石 内 七石五斗 直上納 七石五斗 当八月限上納 一柳向御蔵屋敷西側江石垣出来、御塀覆御新建出来之儀、元〆 申達候付、右場所御普請奉行申談、致見分候様、馬渕官兵衛 江申渡之。 一御山笋延揃候付、明日御山明キ之儀、御城代申達、承置候事。 一八橋郡赤崎・松ヶ谷両浦漁師共、鰍漬漁業御免之儀相願候付、 先当年限去年之通可被成御免哉と、御船手申達候付、其通承 届候事。 |
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廿七日 一御用日ニ付、兵庫介・式部登城、其外御用人始例之御役人罷 出、御用相勤之。 一栄岳院様御施餓鬼、当年より七月六日早朝、於興禅寺被成御 執行候間、毎年致参候候様、并左之通御割替ニ相成候間、左 様相心得候様、御使番以上之面々江、筆頭申通しニ申渡之、 委細御右筆手前ニ記之。 七月二日 同六日 天祥院様 栄岳院様 大広院様 同七日 同八日 瑞徳院様 岱嶽院様 一右之通、御割替等相成、右六日夕栄岳院様焔口当年より被成 御執行候間、左様相心得候様、左之面々江申渡之。 御用人 御勤役 御目附 裏判御吟味役 一左之両人儀、左之通被仰付、其段呼出し、於御櫓、御目附出 座ニ而申渡之、尤、為之進江は出座無之事。 但し、儀右衛門儀、相伺候上可申渡之処、元〆より申聞候 趣も有之ニ付、無其儀申渡、重而御飛脚之節、申上候筈。 井関儀右衛門 其方儀、此度中ノ間御仲小姓被成御免、御蔵奉行被仰付、 依之御役料並之通被遣、尤勤向之儀は、元〆承合可相勤 旨、被仰出候。 伊良子為之進 其方儀、当秋詰江戸被仰付旨、被仰出候。 一左之面々儀、拝領屋敷、此度左之通屋敷替致し度旨、夫々奉 願候付、双方願之通承届候旨、御用人并組頭江、以切紙申渡 之、右ニ付、左様相心得候様、屋敷奉行江以切紙申渡之。 山口幼仙 広瀬台輔 奥田助次郎拝領屋敷と。 戸田左馬次郎拝領屋敷と。 一表側拾弐間 山口幼仙 裏行拾五間 屋敷 一表側五間 奥田助次郎 裏行弐拾間 屋敷 一表側弐拾間 広瀬台輔 裏行拾壱間 屋敷 一表側拾壱間半 戸田左馬次郎 裏行拾六間半 屋敷 一米村物集馬儀、武蔵円明流釼術師範致候処、稽古場無之ニ付、 建申度処、兼而勝手向致難渋候ニ付、相応拝借被仰付被為下 候様奉願候付、勘定所取調之上、類例も有之ニ付、建料銀札 三百目拝借被仰付候間、当亥暮より拾年賦ニして物成米を以、 上納致し候様、使江以切紙申渡之。 一宮脇軍兵衛儀、被盗取もの之儀申達、承置、其段御目附江申 聞置之。 一村上長六儀、昨日死去之段、実子勘七郎より使を以申達、并 勘七郎年齢十六才相成候段も申達之。 一瀬原玄寿儀、昨日死去之段、実子倫亭より申達候旨、御用人 申達之。 一左之面々并左之者共儀、左之通被仰付旨、御用人を以申渡之、 尤甚助以下江は、右同人を以御徒頭江申渡之。 伊丹甚太夫 佐治静馬 御留守中、御近習目附 上同断、加役請持御免。 加役被仰付。 御徒 山住清之丞 岡村甚助 明日より御番入被仰付。 御蔵目附被仰付。 御徒 羽山範左衛門 麻田八十八 御櫓日記清帳役御免、御 三ノ御丸御座敷不寝御番。 用部屋、当分清帳懸り被 田中久之進 仰付。 御式台通し加役御免、御 櫓日記清帳役被仰付。 一小林数右衛門儀、御扶持方蔵勤番中之負物井関儀右衛門江引 渡候様、以切紙申渡之、儀右衛門江は請取致勤番候様、元〆 申通しニ申渡之。 一左之両人并左之者共儀、前記有之通り差控申上罷在候処、被 成御免旨、使江以切紙申渡之、六兵衛江は、宜取斗候様、御 附人江以切紙申渡、与一郎・利藤次江は、御用人を以御徒頭 江申渡之、其段夫々御目附江申聞置之。 淡路守様御家来 伊藤範三郎 石脇六兵衛 御徒 上同 吉田与一郎 安田利藤次 御人少ニ付。 一御来屋御蔵奉行山本伝兵衛儀、先達而差控被仰付置候処、此 度は被成御免候間、以来相心得候様被仰付旨、勘定頭江申渡 之。其段御目附江申聞置之。 一左之者共儀、左之通被仰付旨、頭々江申渡之。 但し、相伺候上可申渡候処、御目附より申聞候趣も有之ニ 付、無其儀申渡、重而、御飛脚之節申上候筈。 一在山奉行小橋准蔵儀、苗字付被召出以来拾九年、内当役 前後拾六年出精相勤候付、先輩並を以、長役無余儀申立 有之処、未年限少之者ニ候得共、御人御入用之訳も有之 ニ付、格別ニ此度御弓徒ニ御操上ケ被仰付、御扶持御支 配並之通被遣、御門上番被仰付旨、被仰出候。 一押部屋頭藤左衛門と申者、被召出以来十八年精出し相勤 候処、無余儀申立之訳も有之処、未至而年限少之者ニ候 得共、御人御入用も有之ニ付、格別ニ此度苗字付御取立 被仰付、御扶持御支配並之通被遣、御留場見廻り役定加 役被仰付候事。 一裏判下吟味役宮本源之進儀、御作事鉄数類奉行勤中之勘定跡 役横田鵜兵衛壱人ニ而引請勘定致サセ度旨、御普請奉行申達 候付、其通承届、右ニ付、左様相心得候様、御算用聞江以切 紙申渡之。 一智妙院墓所菅能寺ニ有之処、玉垣去秋洪水之節、及破損、迚 も繕ニ相成不申ニ付、此度新規出来之儀、老女より申立候趣、 御用人申達候処、其通難承届、尤、先例も有之ニ付、為修覆 料、銀弐枚被遣旨承届、其段御用人を以、女中奉行江申渡之。 但し、右修覆之儀、御作事取調サセ候処、同所手放ニ相成 候段申聞候付、本文之通被遣候事。 一興禅寺儀、左之通通イ子御渡之儀申達候付、町奉行取調之上、 先例無之ニ付、難承届旨、寺社奉行江申達之。 七月六日夕 同七日夕 同八日夕 一賀露浦船大工共、下地貧窮者之処、去年柄引続米高直ニ付而 は、此節ニ至り飯米ニ致難渋候段願出候ニ付、格別拾五石御 払米被遣、代銀当十一月限上納之儀、御船手申立候付、勘定 所取調之上、無余儀次第ニ付、左之石高御払被遣、代銀左之 通上納之儀承届候旨、御船手江申渡之。 一米足拾五石 内 七石五斗 直上納 七石五斗 当八月限上納 一柳向御蔵屋敷西側江石垣出来、御塀覆御新建出来之儀、元〆 申達候付、右場所御普請奉行申談、致見分候様、馬渕官兵衛 江申渡之。 一御山笋延揃候付、明日御山明キ之儀、御城代申達、承置候事。 一八橋郡赤崎・松ヶ谷両浦漁師共、鰍漬漁業御免之儀相願候付、 先当年限去年之通可被成御免哉と、御船手申達候付、其通承 届候事。 |